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京都地方裁判所 昭和57年(ワ)537号 判決 1983年9月30日

原告

藤川源博

右訴訟代理人

山口一男

被告

破産者村上正次破産管財人

田中實

主文

一  原告の主位的請求を棄却する。

二  被告は、原告から金一〇〇万円の支払を受けるのと引換えに、原告に対し別紙物件目録(二)記載の建物を収去して同目録(一)記載の土地を明渡せ。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

(主位的請求)

1 被告は原告に対し別紙物件目録(二)記載の建物を収去して同目録(一)記載の土地を明渡せ。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

3 第一項につき仮執行宣言

(予備的請求)

1 主文第二、三項と同旨

2 第二項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求の原因

(主位的請求原因)

1 藤川源十郎は村上長松に対し、その所有の別紙物件目録(一)記載の土地(以下「本件土地」という。)を左の特約を付して無償で貸渡した。

(一) 借主村上が別紙物件目録(二)記載の建物(以下「本件建物」という。)を所有し、かつ自ら同建物を使用することを条件に右建物敷地として本件土地の使用を認める。

(二) 村上が本件建物の所有権を失い、またはその自己使用を止めたときは、即時本件建物を取毀して本件土地を藤川に返還する。

2 その後本件土地の使用貸借は、貸主側は藤川源十郎から藤川幾太郎、藤川道信そして原告に、借主側は村上長松から村上定次郎そして村上正次(以下「破産者」という。)にそれぞれ順次相続によりその地位が承継され、貸主側はその都度これを承諾してきた。

3 破産者は本件建物において精華営繕センターの名称で建築業を営んでいたが、昭和五四年四月事業に失敗して倒産し、同月一六日破産者が、同月二一日同人の妻が相次いで本件建物を出ていずれかに出奔して本件建物の使用を放棄した。

4 破産者は昭和五四年一〇月一七日京都地方裁判所(昭和五四年(フ)第五三号事件)において破産宣告を受け、被告が破産者の破産管財人に選任された。

よつて、原告は被告に対し使用貸借契約の終了に基づき右建物収去土地明渡を求める。

(予備的請求原因)

1 藤川源十郎は村上長松に対し、建物所有の目的でその所有の本件土地を期限の定めなく賃貸し、長松はその敷地上に本件建物を所有して本件土地を占有していた。

2 その後本件土地の貸借は、貸主側は右源十郎から藤川幾太郎、藤川道信そして原告に、借主側は右長松から村上定次郎そして破産者に順次相続によりその地位が承継され、本件建物の所有権も移転した。

3 本件土地の昭和四二年以降の賃料は以下のとおりである。

(一) 昭和四五年から同四七年まで 年額 二三七六円

(二) 同四八年から同五〇年まで同 五九四〇円

(三) 同五一年以降 同一万一八八〇円

4(一) 破産者は昭和五四年一〇月一七日京都地方裁判所において破産宣告を受け破産管財人として被告が選任された。そこで原告は被告に対し昭和五四年一一月一九日付書面により民法六二一条による賃借人破産を理由に解約の申入れをなし、右書面は同月二〇日被告に到達した。

(二) 右解約の申入れには破産者の破産宣告のほか次のような正当事由があり、本件賃貸借契約は昭和五五年一一月二〇日をもつて終了した。

(1) 原告は長男裕将の結婚独立のために新住居を建てる必要に迫られており、その敷地として本件土地を利用するほか他に所有地がない。

(2) 破産者は本件建物を主としてその事業用として使用してきたものであるが、現在進行中の破産手続において和議による同人の事業再建への動きは全くみられない。従つて、同人の事業所としての本件建物の利用ひいては本件土地使用の必要性は全くない。

また、破産者およびその家族は破産手続開始後数年来、他に住居を設けて生活しており居住用家屋として本件土地建物使用の必要性もすでに消失している。

(3) 原告は破産者に対して恩恵的に本件土地の使用を許諾していたのであつて、破産者が本件建物の自己使用を取止めたときは即時建物を取毀して本件土地を原告に返還するとの特約があつた。

(4) 賃料はきわめて低く本件土地の固定資産税額にも満たない。

(5) 本件土地は旧村の集落内にあつて住民の生活は現在もなお強く旧村の慣行習俗によつて支配されている土地柄である。従つて、旧村民以外の者の移入を容易に認めない気風が未だに強く残つている。右特殊事情にかんがみ破産財団に本件建物を他へ売却することを目的として本件土地賃借権を保有せしむることは実情にそぐわない。

(6) 原告は立退料として一〇〇万円を提供している。

よつて、原告は被告に対し、賃貸借契約の終了に基づき原告から一〇〇万円の支払を受けるのと引き換えに本件建物を収去して本件土地を明渡すことを求める。

二  請求原因に対する認否及び主張

1  主位的請求原因12の事実は否認する。同3の事実のうち破産者が本件建物で精華営繕センターの名称で建築業を営んでいたが昭和五四年四月事業に失敗して倒産した事実を認め、その余は否認する。同4の事実は認める。

2  予備的請求原因1ないし3および4(一)の事実は認める。同4(二)の事実のうち(1)(3)を否認し、(4)(6)を認める。

3  原告の長男は福井大学工学部を卒業して現在電気関係のエンジニアとして東京地方で勤務しており、帰郷する可能性はない。

第三  証拠<省略>

理由

一(破産者村上正次が本件土地を使用するに至つた経緯)

<証拠>を総合すると次の事実が認められる。

1  藤川源十郎は明治二〇年ころ村上長松の借金を立替払いした代償として同人から同人所有の別紙物件目録(一)記載の土地(本件土地)を譲り受け、両家は遠い親戚関係にあり親しい間柄にあつたことから本件土地所有権が源十郎に移転した後も長松は引き続き本件土地の使用を許され同地上に別紙物件目録(二)記載の建物(本件建物)を所有していた。

2  土地貸主としての地位は源十郎から藤川幾太郎、藤川道信、原告へ、土地借主としての地位は長松から村上定次郎、破産者へそれぞれ順次相続により承継された。

3  本件土地の使用について大東亜戦争までは年貢として米一石、戦後は金銭により破産者が承継した後の昭和五〇年ころは一年に約五〇〇〇円、昭和五一年からは原告の要求により一万一八八〇円に値上げされて同年から昭和五七年まで同額が原告に支払われてきた。本件土地の固定資産税額は、昭和五〇年九九九八円、同五一年一万一〇〇三円、同五二年一万二一〇四円、同五三年一万二一九二円、同五四年一万三四一一円、同五五年一万三八五五円、同五六年一万三八五五円、同五七年一万五九三三円である。

以上の事実を認めることができ、右認定に反する証拠はない。

二(本件土地使用の法律関係。主位的請求について)

ところで、使用収益の対価とするにはあまりにも少額である場合(最小判昭和三五・四・一二民集一四・五・八一七参照。)、また借主より貸主への利益供与が賃借物の使用と対価的関係にあると認められない場合には賃貸借は成立しないと解するのが相当である(最小判昭和三五・二・一二ジュリ一九九判例カード一五〇参照。)ところ、これを本件についてみるに、前記事実によれば、破産者が原告に支払つていた金額は固定資産税額に満たなかつた場合が多かつたけれどもその額は土地使用の対価として極度に低額に過ぎるといえるものではなく、このように比較的低額に定められたのも貸主側と借主側とが親戚関係にあつて親しい間柄にあつたことによるものであつてその後原告の要求により固定資産税額に見合う額に引上げられた事実を総合すると借主から支払われてきた右金員は本件土地使用の対価とみるべきであり、原告と破産者との間の本件土地使用関係は賃貸借であると認めるのが相当である。

従つて、本件土地の貸借が使用貸借であることを前提とする原告の主位的請求は理由がない。

三(本件土地賃貸借解約の成否。予備的請求について)

1  本件土地の賃料は昭和四五年から同四七年まで年額二三七六円、同四八年から同五〇年まで年額五九四〇円、同五一年以降年額一万一八八〇円である事実、破産者が昭和五四年一〇月一七日京都地方裁判所(昭和五四年(フ)第五三号事件)において破産の宣告を受け破産管財人として被告が選任された事実、原告は被告に対し昭和五四年一一月一九日付書面により賃借人破産の理由に基づく解約の申入れをなし右書面は同月二〇日被告に到達した事実はいずれも当事者間に争いがない。

2  ところで借地法の適用のある賃貸借契約において賃借人が破産宣告を受けた場合には賃貸人は民法六二一条に基づき賃貸借契約の解約申入れをすることができるけれども借地法の趣旨より同法四条一項但書、六条二項所定の正当事由が解約申入れの時から民法六一七条所定の期間満了に至るまで存続することを要すると解するのが相当である(最小判昭和四八・一〇・三〇民集二七・九・一二八九参照)。

<証拠>を総合すれば、破産者は本件建物を主として自己の事業用として使用してきたものであること、現在までのところ和議による破産者の事業再建の見通しはなく同人の事業所としての本件土地建物の使用の必要性はないこと、破産者およびその家族は破産手続開始後数年来他に住居を設けて生活しており破産者には本件建物に戻りたい気持も残つているものの直接債権者から同人に対する借金の支払要求や取り立てを恐れそれも断念していること、本件土地の賃貸に際し賃貸人と賃借人間には賃借人が本件建物の自己使用を取止めたときは右建物を即時取毀して本件土地を賃貸人に返還するとの特約が存在したこと、原告は長男裕将(当二八才)及び二男治伸(当二二才)のため新居を建設したいと考えているが本件土地以外に使用しうべき自己所有地がないことが認められ<る。>

また、原告は立退料として被告に一〇〇万円を提供しているところ、<証拠>によれば一〇〇万円の金額は昭和五六年度の本件土地の固定資産評価額二四七万九三〇〇円の約四割の額に当ることが認められる。

3  以上の事実と破産者が破産により資力を失つている事実を総合すれば、原告の本件土地の解約申入れには原告に一〇〇万円を提供させることにより正当事由があると認めるのが相当であり、本件土地の賃貸借は解約申入の日から一年(民法六一七条一項一号参照)後である昭和五五年一一月二〇日の経過をもつて終了したというべきである。

四よつて、原告の主位的請求は理由がないからこれを棄却し、予備的請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条但書を適用し、仮執行宣言の申立てを付するのについては相当でないからこれを却下することとし、主文のとおり判決する。

(吉田秀文 小山邦和 中村俊夫)

(別紙)物件目録<省略>

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